運動会あたりから、どうもクラスに落ち着きがない。
もちろん、良い面もたくさん出てきたが、それ以上にその落ち着きのなさが目につく。
特に男子は、常にザワザワとしている。
いいかげんそろそろ、怒りが頂点に達しようとしていた。
19日(水)、3時間目の算数あたりから、そろそろみられてきた。
課題を与え、それが早く終わると落ち着きがなくなってくる。
他に集中してがんばっている子がいるのだから、ちょっとした話し声、物音は、それを妨害することになる。
今までそれを許してきたわけではない。
何度も注意し、話してきたことである。
他の人にめいわくをかけること
これは絶対に許してはいけないし、厳しく何度も言いきかせなくてはいけないことである。
これは結局のところ、自分さえよければいいという身勝手さからきている。
4時間目、体育でマット運動をした。
前転のあと、後転をした。
時間がなくなってきたので、後転でマットの最後までいったらすわって待つよう指示した。
あと数人で終わりというところで後ろを見た。
すると4人、丸くなって遊んでいる子がいた。
いつも授業中、気になっていた子たちである。
瞬間、怒りは爆発した。
そこに行き、思いっきり叱った。
・ 自分が終わればそれで良し、あとは関係ないという態度
・ 他の授業でも同じ様な態度が見られるという事
・ 友だちのがんばりを見ようとしない事
とにかく早口でまくしたてた。
「自分さえ良ければいいのなら、そんな人はクラスに必要ない。一日中外で、好きなだ
け遊んでいろ!」
と、突き放した。
こんなことがまかり通っていては、クラスは成り立たない。
人は、人との関わりの中で生きているのである。
まだ三年生なんだから・・・という考えは、すてなくてはいけない。
ゆずれないところは、何があってもゆずるべきではない。
例えば、「人の心をきずつけてはいけない」ということ、「うそやごまかしはするな」ということ、「他の人にめいわくをかけてはいけない」ということ、「話はしっかり聞く」ということ。
これらはすべて、
人の心を大切にする
ことにつながる。
相手の気持をよく考える
ことに、つながるのである。
クラスという集団の中で、人との関わり方、やっていいことと悪いこと、言っていいことと悪いこと、これらを学びとってほしい。
人の心を大切にし、人の気持ちを考えれる人になってほしい。
そうでなければ集団で生活している意味がない。
勉強だけなら、塾で十分だ。
塾と学校の大きなちがいは、学校は
人との関わりの中で、心の教育をし、人間性、社会性を伸ばす
場である、ということだと思う。
自分も近ごろ、この大切な点を忘れかけていたように思う。
教師がこれでは、子どももついてこない。
原点にもどって、やり直したい。
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子どもは(人は)、こちらの思い通りにはならないものです。
理想とする姿、期待する姿があり、それを求めあれこれ試行錯誤しながら実践を重ねる。
ところが、うまくいくことは稀で、多くは的はずれな指導となり、思ったように子どもは動かない。
それはあたりまえのことなのですが、私は周りの目や声がとっても気になり、「落ち着きがあって、良いクラスだね。」と言われたいという思いが強かった。
だから、あせりがありました。
必死でもがいていた気がします。
子どもたちとの「格闘」は、始まったばかりでした。