KenGのあしあと(学級通信より)

過去に出してきた学級通信を紹介

第一期 新規採用校4年目  クラスに必要ない!  1994.10.21 No. 67

 運動会あたりから、どうもクラスに落ち着きがない。

 もちろん、良い面もたくさん出てきたが、それ以上にその落ち着きのなさが目につく。

 特に男子は、常にザワザワとしている。

 いいかげんそろそろ、怒りが頂点に達しようとしていた。

 19日(水)、3時間目の算数あたりから、そろそろみられてきた。

 課題を与え、それが早く終わると落ち着きがなくなってくる。

 他に集中してがんばっている子がいるのだから、ちょっとした話し声、物音は、それを妨害することになる。

 今までそれを許してきたわけではない。

 何度も注意し、話してきたことである。

 

 他の人にめいわくをかけること

 

 これは絶対に許してはいけないし、厳しく何度も言いきかせなくてはいけないことである。

 これは結局のところ、自分さえよければいいという身勝手さからきている。

 

 4時間目、体育でマット運動をした。

 前転のあと、後転をした。

 時間がなくなってきたので、後転でマットの最後までいったらすわって待つよう指示した。

 あと数人で終わりというところで後ろを見た。

 すると4人、丸くなって遊んでいる子がいた。

 いつも授業中、気になっていた子たちである。

 瞬間、怒りは爆発した。

 そこに行き、思いっきり叱った。

・ 自分が終わればそれで良し、あとは関係ないという態度

・ 他の授業でも同じ様な態度が見られるという事

・ 友だちのがんばりを見ようとしない事

 とにかく早口でまくしたてた。

「自分さえ良ければいいのなら、そんな人はクラスに必要ない。一日中外で、好きなだ 

 け遊んでいろ!」

と、突き放した。

 こんなことがまかり通っていては、クラスは成り立たない。

 人は、人との関わりの中で生きているのである。

 まだ三年生なんだから・・・という考えは、すてなくてはいけない。

 ゆずれないところは、何があってもゆずるべきではない。

 例えば、「人の心をきずつけてはいけない」ということ、「うそやごまかしはするな」ということ、「他の人にめいわくをかけてはいけない」ということ、「話はしっかり聞く」ということ。

 これらはすべて、

 

  人の心を大切にする

 

ことにつながる。

 

  相手の気持をよく考える

 

ことに、つながるのである。

 クラスという集団の中で、人との関わり方、やっていいことと悪いこと、言っていいことと悪いこと、これらを学びとってほしい。

 人の心を大切にし、人の気持ちを考えれる人になってほしい。

 そうでなければ集団で生活している意味がない。

 勉強だけなら、塾で十分だ。

 塾と学校の大きなちがいは、学校は

 

 人との関わりの中で、心の教育をし、人間性、社会性を伸ばす

 

場である、ということだと思う。

 自分も近ごろ、この大切な点を忘れかけていたように思う。

 教師がこれでは、子どももついてこない。

 原点にもどって、やり直したい。 

 

 ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆   ☆

 

 子どもは(人は)、こちらの思い通りにはならないものです。

 理想とする姿、期待する姿があり、それを求めあれこれ試行錯誤しながら実践を重ねる。

 ところが、うまくいくことは稀で、多くは的はずれな指導となり、思ったように子どもは動かない。

 それはあたりまえのことなのですが、私は周りの目や声がとっても気になり、「落ち着きがあって、良いクラスだね。」と言われたいという思いが強かった。

 だから、あせりがありました。

 必死でもがいていた気がします。

 子どもたちとの「格闘」は、始まったばかりでした。